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ソフィア総合研究所の考え方

自分との孤独な戦い


毎年この季節の恒例となった、日本テレビ系の「24時間テレビ」が、今年も「愛は地球を救う」をテーマに、8月18、19日の二日間にわたって盛大に行われました。その中で、これも恒例となったチャリティーマラソンに、今年は萩本欽一が、66歳の高齢をものともせず、70キロメートルの長距離に挑戦することになりました。62歳のランニングトレーナー坂本雄二氏が、萩本欽一にぴったりと寄り添い、沿道には大勢の支持者が大きな声援を送る中での力走でした。残念ながら「24時間テレビ」の放送時間内には間に合いませんでしたが、奥様や大勢の支持者が歓喜で迎える中、欽ちゃんは、無事70キロメートルを完走しゴールしました。

この画面を見ながら、沿道の大勢の支持者に迎えられ、送られながらの走りとはいえ、現実は66歳という自分の体力の限界に挑む孤独な戦いに、真剣に取り組んでいる欽ちゃんの姿には、久しぶりに感動を覚えましたが、それとともに、私自身のかつての孤独な戦いの記憶がよみがえってきました。私事で申し訳ありませんが、暫時、お付き合いいただきたいと思います。

私が中学2年の時に、母が亡くなりました。当時、私たち一家は松江市内に住んでいましたが、松江市から6キロメートル北に、父の生家があり、祖母が一人で住んでおりましたので、幼い弟妹もいることから、そちらに帰ろうということになりました。

問題は、私の通学でした。私は、松江中学3年生になったところで、父の生家から松江市にある中学まで、毎日、6キロメートルの道のりを通うことになりました。民営のバスがありましたが、終戦直後の物資不足の中で、便数も少なく、お客が多くて乗り切れないと見切り発車をするのが常態となっていました。おまけに、定期券の新規発行は一切できないということで、高い乗車券を買って、列に並ぶより方法はありませんでした。そのあげく満員で、積み残されることも頻繁に起こりました。

そこで私は覚悟を決めました。片道2時間をかけて、学校まで歩こうというのです。8時始まりでしたから、自宅を毎朝5時半には出ました。祖母に起こしてもらい、朝御飯もきちんとできていましたから、今にして思えば、祖母には随分世話になりました。

途中で、鈴なりに乗客の乗ったバスに追い越されるのが日課でしたが、その時は残念だという気持ちはありませんでした。自分にとっての関心事は、往復4時間という長い時間をどうして費やすかということでした。歩きながらできることは限られています。そこで私は、自分が一番好きな数学の問題を解くことにしました。

出発前に、問題集を開いて、問題を覚えます。覚えたところで歩きだし、歩きながら問題を解きます。問題が解けたと思ったら、道の縁に寄って立ち止まり、問題集の解答と照らし合わせます。合っておれば、次の問題に進みます。このようにして、2時間はあっという間に過ぎました。

学校の授業を終わった後に、部活動に参加した日には、帰りは日没後になりました。周囲は田畑ばかりで、人家もまばらな、真っ暗な夜道を、星明りをたよりに独り孤独に家路に急ぎます。数少ない街灯の灯の下で、問題集を開いて、問題や解答を確かめながらの2時間でした。

この通学時間を使っての数学の勉強は抜群の効果がありました。幸い、徒歩通学は一年間で終わり、4年生からは、バス通学となりましたが、旧制高校受験のための校内の模擬試験では、数学は満点をとることができ、旧制高校へも飛び級入学を果たしました。4年生の終業式では、首席として総代を務めました

ともあれ、欽ちゃんの孤独な自分との戦いを目にして、ふと、自分の昔を思い出したひとときでした。